第2回
CRAが製造業へ与える影響とは?
欧州参入条件の再定義と具体的なインパクト
前回の記事(第1回)では、欧州サイバーレジリエンス法(CRA)の概要と背景、さらには欧州のサイバーセキュリティ強化(NIS2など)による大きな潮流を概観しました。今回(第2回)は、その理解を踏まえ、CRAが製造業にもたらす具体的なインパクトを多方面から考察します。
具体的には、「欧州市場参入条件の再定義」「製品ライフサイクル全体での変革」「サプライチェーンへの波及」「組織と人材へのインパクト」という4つの大枠を軸にしつつ、NIS2との関連、AI法((EU) 2024/1689)・GDPRなど他規制や法令との関係、PSIRTやSBOM管理といったキーワードも絡めながら、実務の視点で解説します。
1. 欧州市場への参入条件が「セキュリティ基準」で再定義される
(1) CEマーキングとの相乗・複合化
欧州市場参入の際、多くの製造業者がCEマーキング取得を主眼としてきました。安全性(機械安全指令、低電圧指令、EMC指令)や環境適合性(RoHS)などに焦点があたっていましたが、機械規則((EU) 2023/1230 施行後はAI法やCRA法含めサイバーセキュリティ適合が新たな参入要件として加わります。
特に、リスククラス(高リスク/低リスク)に応じて自己適合宣言か第三者審査を受けなければならない点が注目されます。特に、安全機能が装備されたマシンなどのコンポーネントや制御製品にAI機能動作が加わる場合は、機械規則やAI法によりセキュリティの第三者認証が義務化されています。製品設計初期段階からセキュリティ要件の有無や対応レベルを検討しないと、リリース直前で認証が取れず「市場投入できない」というリスクが発生します。
(2) 欧州顧客・パートナーからの要求強化
欧州市場での顧客やパートナー企業は、今後、セキュリティ対応を製品選定の重要指標と捉えるようになります。FA機器、産業用ロボット、IoT機器など、デジタル要素を備えたデバイスや装置で「セキュリティ未対応品」は、そもそも入札や検討リストに載らない可能性すらあるでしょう。
さらに、2016年のNIS指令(EU) 2016/1148 で出されていた重要インフラ事業者向けのセキュリティ強化策もNIS2(EU) 2022/2555 で一般産業に対しても発動しており、工場オーナーが設備ベンダーに「第三者認証取得済みか」「リスクアセスメント計画があるか」などを厳しくチェックする流れが加速しています。とりわけ、自社製品にAI機能を導入する計画を持っていながら「2027年のCRA対応は自己認証で良いんだ」という誤った商品戦略を打ち出す企業もあるため、今から数年かけて認証計画を立案する必要があるでしょう。
2. 製品ライフサイクル全体での変革
CRAは、「リリース前に少しセキュリティチェックすればOK」といった浅いアプローチを許さず、製品ライフサイクル全般での対応を求めます。開発・設計からテスト、出荷後サポート、さらには廃棄段階に至るまで、セキュリティを継続的に考慮する「セキュリティ・バイ・デザイン+ライフサイクル管理」が必須です。
(1) セキュリティ・バイ・デザインの徹底
従来、製品の性能や品質は初期段階から定義されていても、サイバーセキュリティは後付けになるケースが多々ありました。CRA施行後は、脆弱性を想定したフェールセーフ設計や暗号化、アクセス制御機能などを、初期要件としてセキュリティ機能が多層防御構造として統合していなければなりません。
また、クラス分け(高リスク/低リスク)を意識して、「どの程度のセキュリティ対策を組み込むか」を最初に決めておくことが、開発工程全体のコストや認証取得の難易度を大きく左右します。
(2) テスト・検証プロセスの高度化
セキュリティ機能テストや脆弱性診断やペネトレーションテストをリリース前に実施することは、ほぼ避けられない流れでしょう。放置したまま市場に出せば、露呈した脆弱性によるリコール対応や顧客からの損害賠償請求や訴訟対応など、信頼失墜が大きな損害をもたらします。
さらに、SBOM(Software Bill of Materials)によりソフトウェア部品を可視化・管理する仕組みも強く求められます。脆弱性が見つかったときに迅速かつ正確に修正可能かどうかは、SBOMの整備レベルにかかっていると言っても過言ではありません。また、5年間のサポート義務や24時間以内の報告義務(脆弱性対応)などが必要となるため、サプライチェーンの企業間連携に対応するためのサービスインフラの整備が必要となり、ライフサイクル全体でのセキュリティ管理が不可欠となります。
図1 製品ライフサイクル全体でのセキュリティ管理例
3. サプライチェーン・エコシステム全体への波及
(1) サプライヤー選定・契約条件の再定義
CRA対応は自社単独で完結せず、部品・モジュールサプライヤーやソフトウェアベンダー、システムインテグレータ、顧客企業まで巻き込んだセキュリティ保証モデルを作らなければなりません。NIS2やGDPRなど関連規制の影響もあり、サプライチェーン全体で脆弱性情報の開示手順およびサポートサービスのPSIRT対応をどうするか、SBOMの提供義務をどう実現するかといった課題が浮上します。
サプライヤーには、現場でのセキュリティパッチの提供能力とサポート、必要な認証取得などが必須評価基準として加わり、「セキュリティ非対応サプライヤー」は排除される流れも想定されます。
(2) グローバルな調達戦略への影響
欧州市場特有のセキュリティ規制強化は、米国やアジア圏からの部品調達にも波紋を広げます。サプライチェーンのどこかが欧州標準への適合を満たせないと、最終製品がCRA認証を取得できない恐れがあるため、グローバル規模で「セキュリティ対応済みサプライヤー」の優先度が高まるでしょう。工場オーナーは、2027年までにセキュリティ対応を完了したいというスケジュール観を持つことが予想されるため、今から準備を始めることが鍵となります。
(3) 顧客や保守パートナーとの関係再構築
出荷後の脆弱性対応やセキュリティアップデートに加え、5年間のサポートを念頭に置く必要があるため、顧客や保守パートナーとのコミュニケーションがこれまで以上に重要になります。特に、自動復旧や短時間復旧といったサイバーレジリエンス(攻撃を受けても早期に業務を再開できる能力)に関する要件を提示する工場オーナーも増えつつあり、サプライチェーン全体でインシデント対応のプロトコルやツール連携を確立する必要があります。
図2 CRA対応に向けたサプライチェーン・エコシステムの全体像
4. 組織と人材へのインパクト:PSIRTや経営陣コミットの必要性
(1) 新たな人材要件とPSIRT運用
CRAは、脆弱性対応を迅速に回す仕組みの確立をメーカーに求めます。ここで登場するのがPSIRT(Product Security Incident Response Team)です。リリース後の不具合対応だけでなく、24時間以内の脆弱性報告や、顧客への迅速な情報提供、サプライチェーン企業との連携など、幅広い役割を担う専門チームが必要になります。
さらに、SBOM管理やリスクアセスメントを適切に行うエンジニア、サプライヤー監査担当など、従来になかったスキルセットを持つ人材も求められます。
(2) 経営陣のコミットメントとガバナンス強化
CRAは技術的課題だけではなく、中長期の投資や経営判断に直結する規制です。経営層がセキュリティを戦略的課題と捉えず、予算配分や組織体制整備を後回しにすると、認証取得スケジュールが間に合わず市場機会を逃すリスクが高まります。
また、GDPRやAI法との連動を考えると、個人データやAI制御の安全性にまで及ぶ規制対応が複雑に絡むため、セキュリティは「IT部門の単独作業」ではなく、「製品戦略・DX戦略・ブランド戦略を横断する要素」として扱う必要が出てきます。
5. IEC 62443や他法規制との連動性
(1) IEC 62443のベストプラクティスを活用
多くの製造業や産業インフラ企業がIEC 62443を任意規格として導入してきましたが、CRA対応においても、この規格が大きな下支えとなります。設計初期からセキュリティを組み込む「セキュリティ・バイ・デザイン」や、脆弱性情報管理のプロセスが既に定義されており、そこからCRAの追加要件(報告義務やSBOM管理強化、5年サポートなど)の差分を分析していけば、段階的な強化でフルコンプライアンスに近づけます。
(2) 他の法規との関係:AI法・GDPRなど
EUサイバーセキュリティ法((EU) 2019/881)や機械規則((EU) 2023/1230)、AI法((EU) 2024/1689)、そしてGDPR((EU) 2016/679)など、欧州には複数の強力な法規制が同時に稼働しています。CRAとこれら規制が「何が重複し、何を補完し合うのか」を理解しておくと、効率的な対応計画が立てやすくなります。
たとえば、AI法が適用される製品では「AI機能の安全性」と「CRA上のセキュリティ要件」を両方満たす必要があります。GDPRを意識するなら、制御装置が個人識別情報を扱う場合にデータ保護手段をさらに強化しなければなりません。
まとめ
今回(第2回)では、「欧州市場参入条件の再定義」「ライフサイクルへの連続的なセキュリティ適合」「サプライチェーン全体への波及」「組織と人材面での変革」「IEC 62443活用や他法規制との関係」といった大枠を論じつつ、以下のキーワードを押さえました:
- NIS2:重要インフラ・一般産業に対する規制ととCRAの相乗効果
- リスククラス分け(高リスク/低リスク)と第三者認証
- PSIRT整備、SBOM管理、5年サポート義務、24時間報告義務
- AI法 / GDPRとの絡み
- サイバーレジリエンス
これらは単にコスト増を意味するだけではなく、製品競争力やブランド価値の向上につながる可能性を秘めています。欧州の工場オーナーは、「2027年までに認証取得計画がないベンダーは選定しない」といった厳しい調達要件を打ち出す動きもあり、今から対応を進める企業と遅れる企業との間で大きな差が生じるでしょう。
次回予告
※本解説は、2024年12月時点の内容を基にしています。